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新潟家庭裁判所長岡支部 昭和39年(少)292号 決定 1964年8月06日

少年 Y・T(昭二一・一二・二三生)

主文

この事件について少年を保護処分に付さない。

理由

一、検察官の送致事実の要旨は、

少年は、

(一)  昭和三九年五月○○日午前二時頃、新潟県北魚沼郡○○町○○○○番地の自宅二階居室で実母であるY・E子(当四六年)と共に就寝中同人を殺害しようと決意し、仰臥して睡眠中の同人の頸部を両手で扼し、同人を窒息するに至らせて殺害し、

(二)  その直後同所で同人の死体を実父Y・Hらが現在する右自宅建物とともに焼燬することを企て、右死体上および前示居室内に石油を撒布したうえで階下物置内の屑紙にマツチで点火して放火し、よつて人の現在する木造トタン葺二階建住家店舗倉庫一棟二六一平方メートルを半焼させて焼燬し、右死体を焼燬させて損壊した、

というのであつて、本件各証拠によれば、送致事実の外形的事実はすべてこれを認めることができる。

二、新潟少年鑑別所の鑑別結果によれば、少年は精神分裂病に罹患している疑いが顕著であつた。また附添人は少年が犯行当時心神喪失の情況にあつた旨、審判廷において主張した。本件のような重大な結果を生じた事案にあつては、刑事裁判を受けさせるのを相当として検察官に送致する旨の決定をするのが通常であり、そして右の決定にあたつては有罪の確信を有することを要しないと解すべきであるが、その場合にあつても違法阻却事由や、責任阻却事由の存在など有罪判決を受ける可能性について顕著な疑いがあるときには、これを無視して敢て検察官送致決定をすることは実質的に違法であるといわなければならないのであつて、その疑いを払拭するための事実審理を行うことは家庭裁判所の権限内にあるとともにその職責でもあると考えられる。

そこで、この事件については少年を新潟大学医学部精神神経科に鑑定留置のうえ、少年の精神鑑定をなさしめることとした。

三、鑑定人増村幹夫の鑑定書によれば、少年の知能は正常範囲内にあるが、不自然な表情、姿態、思考連合の弛緩思考滅裂、拒絶症、精神運動興奮などの表現行為の異常とともに幻覚、妄想知覚、妄想着想および関係妄想、被害妄想、誇大妄想などの種々の妄想など異常体験が認められ、感情的にも不調和で疎通性に乏しく自閉的であつて症状および年齢からみて破瓜型の精神分裂病に罹患しており、現在進行期にあると認められる、というのである。

そしてY・Hの昭和三九年五月一三日付司法警察員に対する供述調書(その一)、同人の検察官に対する供述調書、Y・Aおよび前○清の司法警察員に対する各供述調書に家庭裁判所調査官の調書結果をあわせると、少年は温順で内攻的、且つ孤独を好む性格傾向を有し、高等学校二年半ば頃から東京芸術大学に受験するためにその受験準備のための勉学をつづけていたところ、同年四月中旬頃から在学中の高校の教諭数名に詩を書いて郵送したり、宿題の答案に「未定」と記入して提出したり、また兄Aに対して「兄ちやん、おれはローマのバチカンというところへ行きたい。」などと言い、父Hに対して「兄に嫁を貰つてくれ、総理大臣がそう言つていた。」と言い出すなど奇嬌な言動が見られたこと、そして犯行当夜は衣服を脱ぎ捨てて全裸になり本を持つて物置内を歩きまわつたりするので実母E子が心配の余り当夜に限つて少年に添寝したこと、を認めることができる。

以上の事実と前示鑑定書とをあわせると、少年は遅くとも昭和三九年四月中旬頃、破瓜型の精神分裂病に罹患し現在これが進行中であつて、本件犯行当時も当然精神分裂病の状態にあつたと考えられる。

四、そこで進んで少年の本件犯行当時の精神状態について検討を加える(精神分裂病に罹患していたからといつて、常に責任能力を否定すべき精神状態の欠陥があるとはいえない)。前示各証拠によつても、少年が前示E子との間に感情の対立を生じていたとか何らかの確執を生じていた事実は全く認めることができない。少年と前示E子とは極く普通の母子である。そして少年の犯行の動機に関する供述を見ても、司法警察員、検察官、裁判官あるいは鑑定人に対するそれぞれの場合に応じて区々であり、且つその内容も「日本の内乱が救われると思つた」「皆が母をこわがつているから」「母は人間でないから」などと到底首肯しがたいものばかりである。これを要するに、少年の犯行時の行動については、その動機、原因を通常の思考をもつてしては了解することができない。少年の犯行は右のとおり了解不能であるから、結局その犯行は少年の精神分裂病の発作としてなされたものと考えるほかない。

右の精神分裂病の発作としての犯行時にあつては、少年は是非、善悪を弁別する能力もなく、その弁別したところに従つて行動する能力もなかつたものと認められる。従つて少年は心神喪失の情況下で本件犯行に及んだと認められる。

五、以上の次第であるので、少年の本件行為は心神喪失中の行為として罪とならない。従つて当然この事件を検察官に送致し、あるいは少年を保護処分に付することはできない。

因みに、少年は鑑定留置期間終了とともに、親権者である父Hの申請により精神病院である新潟大学附属病院精神神経科に入院した。

よつて少年を保護処分に付さないこととし、少年法第二三条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本康昭)

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